2011年04月24日

共鳴のゆくえ

不可思議な身体現象が続いている。

広義な同調と云うものなのだろうけれど、
「情報」というものが、身体に及ぼす影響としてみても
大変、興味深い…。


3月の20日を過ぎて、ここ静岡では
めまいや動機、身体の不調を訴える人が、
急激に増えた。

しばらくすると、原因不明の発疹やじん麻疹、
指先を切ったり、嘔吐、吐き気の続く発熱やらが
増えてきた。

やがて、それから頭を打ったり、切ったりなどと
云う人たちが続いてくるのだけれど、
これらは、上に上にと気が集まりやすい季節も伴って、
最近にいたるまでの顕著な体勢なのである。

このような傾向が、
東京近郊では、3月11日から3週間を経て
次第に現れてくる。

これらは、時節の運行と複雑に絡まりあってはいるけれど、
ほぼおおよそが、3月の震災の影響が深く身体の奥に刻み込まれた
ものが、やっと表面化されて排泄されてきた過程で
あるといえる。


3月11日、当地でも震度3程度ではあったけれど
今まで経験の無いような異様に長い、長い
ゆっくりした、ゆらーりゆらーりとした
揺れが、いつまでもいつまでも続いたのである。

最初、地震かなと思っていた人も
あまりに長い間、揺れ続けるので
これはめまいの一種か、自分の身体が変調をきたしたんだろうか…
と、惑わされたのである。


未曾有の、というに、まさにそうとしか言いようの無い衝撃が
およそすべての人の心身の奥深く
刻み込まれたのだと思う。

地震直後にTV映像によって、映し出された
津波のみるみる浸水し、家も畑も道路も橋も
飲み込まれてゆく様は、
妙にしんとして、ふさがれた様な
薄暗い灰が侵食してゆくようなモノトーンの
静けさに包まれた衝撃であった。


関西においては、よみがえり変調が
増えたという。

記憶の奥にしまいこまれた心的外傷が
同調して、浮き上がってきたのであろう。

記憶がよみがえったと云うだけでなく、
実際に変調をきたしているのである。

身体は、その時その身体が処理しきれない
ショック、衝撃というものを
ストックし、しまいこんでおく。

心的な打撲というものだけれど、
事あるごとに、ちょこちょこと小出しにして
復元を図るのである。

けれど、今回のように
予想もしない衝撃が、心の深層の水脈を激しく揺らして
表層に溢れ出てしまうことがある。

この遠方にしてそうなのであるから、
直下にて被災し、非日常的な環境の中で、
いまだに余震にさらされている
方たちの、その刻み込まれた衝撃の奥深さは
いかばかりであろうと思う。

しかし、それは心の打ち身として
奥深く確実に刻み込まれ、たたみ込まれてしまっている。



さまざま変調の現れだした頃に、
気をつけていないと、見過ごしてしまうような
変調だけど、きわめて注目される事例である
右下腹部の痛み、盲腸辺りの異常を
訴える人たちがいた。

この人たちは、
ある特徴的な反応が、その途中で痞(ツカ)えてしまったがゆえに
痛みとして、違和感を感じているのであるが、
実は今、ほぼすべての地域の
どんな誰でも、
この特徴的な反応が、
どんな誰の身体にも見出される、
不可思議な現象が、
この右下腹を中心とした
動きとして、
陰々として続いているのである…。



posted by 身体気法会 at 14:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月14日

人生がひと回り弛む時

花粉が舞っている。

花粉だけなのか、ちりちりするこの感覚は
車に降り積もって視覚に入ってくる黄砂も混じっている気さえする。

黄砂から花粉から、ダイオキシンから微量放射性物質から
混合ふりかけのように
舞っている空想が浮かぶ。

この春、生まれて初めて
花粉症なる症状を体験している。

症状は、目の周辺に限定されているが、
去年まで、花粉症持ちの人が
花粉が飛んでる!飛んでる!
目に見えるようなくらいに飛んでる!!
とか言っているのを、

過敏な心理状態が、
感覚の過剰を呼んでいるのだなと云う
くらいにしか考えなかったが…

量的にさえわかるくらいに
花粉を目で感じるのを、実感して
なるほどな、と
行ったことのないうわさの見知らぬ町に
足を踏み入れたような
感慨を持ったものである。

花粉症は2月に始まり、3月には沈静、
ふたたびこの4月の初めから
不快感にさらされている。

3月は花粉の飛散量が少なくなったとは
聞かないから、
花粉感受の感覚がいったん納まった後、
また再び4月に入って、
過敏状態になったということである。

花粉症とは、何であるか…、
免疫系等の過剰防衛状態と
これは、いえるのだけれど、

春や秋口の、関節が大きく変化する時期に
関連した身体の変動である。

関節とは、
後頭骨、肩甲骨、骨盤である。

春には開き、秋には閉じる。
外気の変化に即応するため、汗をかきやすくしたり
皮膚を縮めて、寒気から防衛しているのである。

この関節の大きな変化に、身体の各部の動きがとまどい
痞(ツカ)えてしまうと、
数歩送れた頃に、にわかに花粉症が始まる。


実を言えば、私の花粉症は
1月のギックリ腰から始まっている。
これまた、初めてのギックリ腰であった…。

今季、ある稀な傾向が身体にはある。

ほとんど、経験が無いほど
仙骨、腸骨の繋がり、つまりは骨盤に
身体の変化を促す急所が
存在している。

一般的な広範囲の傾向として
今も続いている。

どういう訳なのか…、
骨盤を、今季は集中管理指令室に
身体が選択しているということなのだろうか。

私のギックリ腰は仙骨と腸骨の繋がり目から
始まっている。
骨盤の「開き」の痞えである。

腰椎4番と5番の間から開きの動きに
追いつけないサインが走り、
腰をかがめただけで、ブロックされてしまったのである。

私は、つい数年前に
学生の頃から愛用していた革ベルトがついに、
経年劣化で切れてしまい、
新調せざる得なくなったのだが、
ことほど左様に、体型が30年くらい変わらずに
細身の骨体をさらしてきたのである。

人生の年代の山をいくつか通って来たわりに
骨盤や関節の基本が開いて、ガッとひと回り
大きくなることが無かった。

人は、人生の年代を重ねるごとに
関節が開き、皮膚は弛み、歳をより取るものである。

稀に私のように骨盤が開きにくいタイプが
いるのだが。

しかし、どうやら
今季はこのような私でさえ
骨盤の、しかも大きな開きに関わる
底部の奥が、開くのであろう。

そこで、身体はテコヅっている…。
そこで、ギックリであり、
ギックリは完治したが、
今は花粉症なのである。


なぜ、これほど
大きな変化を予感した骨盤の集中管理が
今季は存在するのだろう…


世情は、打ちひしがれた魂を奮い立たせ、
何とか復興の夢にかけようとしている。

戦後や阪神大震災の時のように
力強い、今までどおりの、
勤勉で忍耐強い国民性の発揚を信じている。

けれど、
この身体の予感は
深刻なものを、深刻に、弛まない精神と
揺るがない向上心で受け止めることが、
今回は適わないかもしれないという
サインを、ひそかに
私たちに教えているのかもしれない…。

posted by 身体気法会 at 12:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月11日

お知らせ

しょぼしょぼと始めたブログであるけれど、
数名の方に、すでに拝読いただいています。

ありがたいことであります。

HP上でも、記載したようにまだまだ
当ブログは試作版の位置づけである。

と、早速、改訂になるのですが、
告知していたように、貼り付けられている
広告を除くべく、今までの
URLは閉鎖し、新しくコチラ(当URL)に
引き継いだ「ウ・ト・ペラニ通信」を
移動させました。

お手数をおかけしますが、
再度、HPの入り口よりご訪問くださいませ。


posted by 身体気法会 at 09:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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